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s1119 ワンカット

その後80まで生きたとしても20年間は果たして体が思ったように動くのか先の保証はありません。
そう考えてみると何をしなければならないのか、何の為にこの世に自分が生まれて来たのか、疑問が湧いてきます。
そんな中から一日でも無駄に出来ない、ワンカットの積み重ね、いわゆる鼓動哲学の原点を見出したのです。
あれから55数年、今78歳ですが自分ながらよくぞ己の鼓動と対話をし無駄のない日々を過ごして来たものだと感心しております。
これから世に出て活躍する若い人達に是非鼓動哲学、これを頭の隅に置いて自分の鼓動をどう使い切るか本気で考えて欲しい。
願いを込めて今回鼓動哲学を公表しました。
常に若かろうが年をとろうが鼓動という側面から己を見つめ、そして周りを見つめてワンカットワンカットの人生アルバムを積み重ねて欲しいと切に願うものです。
我々は普段哲学と言うと頭の問題、脳の事しか浮かんで来ませんが、その先には鼓動があります。
鼓動の上に脳があり、一輪の素晴らしい花が咲くのです。
鼓動が止まったらお終い、へったくれもありません。
だから原点を突き詰めた鼓動哲学が重要であると主張します。
若い人は学業と鼓動であったり、鼓動と結婚であったり、鼓動と家族、夫婦と鼓動、50代と鼓動、80代と鼓動、病と鼓動、田舎暮らしと鼓動、趣味であったり、何んでも結構でしょう。
一人何種類もの鼓動哲学があって良いのではないか。
ぜひ朝起きたら胸に手を当て、鼓動と対話してみましょう。
本当に昨日から一晩ぐっすり寝ていたのにこの鼓動は1分たりとも休む事なく動いていたのです。
何んの意味があるのかと問いたくなります。
学生なら卒業論文に鼓動哲学を記し、記念に10年後20年後紐解いてみるのも いいのではないだろうか。
前記に人生を物差し上で考えるべきだと書きましたが鼓動哲学を実践する上でこの人生物差しは重要な役割を果たします。
私の場合両親が80手前で他界しました。
たぶん私は80歳までは生きられるだろうと考えております。
現在78歳、あと2年後には鼓動が止まる計算になります。
私の人生は80センチの物差しで考えておりましたがもう2年先なんて言うのはあっと言う間に過ぎてしまいます。
人生最後の総仕上げ、悔いのないようにしたいのが今の段階です。
出来れば85歳90歳まで生き延び、ひ孫の誕生、そして鼓動を重ね合い、鼓動がひ孫まで伝わっているんだと言う実感を感じたいのが一番の願いです。
最近テレビで結婚をしないとか或いは子供を作らない事を自慢気に話す人がおります。
私の考え方からすると鼓動を己の代で止めてしまう、本当に自殺に等しいのではないか、と残念でしょうがありません。
子供が出来ない場合はともかくとして、親から引き継いだ鼓動、己の代で止めてしまう。
あってはならない事だと思います。
確かに子供がいなければ金もかからず贅沢も出来ます。
しかし年を経て己の鼓動がこの世に引き継がれていない事は、本当に寂しい事ではないでしょうか。
勤続中は大きな組織のパーツです。そこからが人生の総仕上げ。
結婚をする事によって相手の個性やものの考え方など多くを吸収していきます。
当然、相手の親からも多くの事を学び吸収していきます。
親が二人から4人になったのです。
さらに子育てをする中で、多くの事を学びとって行きます。
人はそうやって、深みのある人間性、広い心の人間性が培われて行きます。
価値観***最初から結婚をしないと決め込んで生きて来た友人を数多く知っておりますが60代になって大きな分かれ道が出てきます。
経済的にも余裕が出来これから友人仲間と数多く付き合って人生楽しむという事になるのですが、ところがどっこいそう簡単には行きません。
周りの話題は子供や孫の話、嫁さんの悪口であったり亭主がどーのこーのであったり、病気の話題であったり殆んど話題に入っていけません。
結果的に同年代の人達と輪になって楽しむ、が人間性や価値観に大きな違いが出、孤立して行きます。
若い時には予測出来なかった事が目の前に出てきます。
ですから年寄りの言う事と聞き流さずに、人生の総仕上げ、出来れば結婚をするのが一番ベターではないかと言います。
結婚感についても、例えばイケメンである程度金持ち、ちょっと条件を付け過ぎではないだろうか。
若い時から金持ちと言うよりは、二人でゼロから築き上げる過程が一番楽しいのではないだろうか。
また結婚する場合性格が違う、と心配する向きがあると思いますが、個性が合わない者同士がお互い欠点をカバーし合う事でより素晴らしい家庭が出来ます。勇気を持って一歩踏み出して欲しいと思います。
私の場合沖縄本島から450キロ南の小さな島で育ちました、女房は代々江戸っ子です。
合うの合わないのと言うと、性格や個性、習慣、全く合いません。
しかし月日が経てばお互いの欠点は分かり切っており、其々欠点を補い合う、あうんの呼吸というものが出来ます。
むしろ性格や個性が離れていた方が結婚生活は楽しいのではないかと思うくらいです。
つり合いが取れない、という言葉があるが私の場合は全く取れなかった。
女房の実家はあの時代劇に出てくる昔からの大棚である卸問屋であった。
女房の母は末娘として初の高等女学校出、勿論学校の送り迎えも用人が付く、習い事や躾などはかなり厳しく育っていたのである。
かたやひかるの母は学校も出ていない為、読み書きは出来なかった。
ひかるは南の小さな島で子供の頃は、裸足でそれこそ完璧なるフルチンで魚のように海を泳ぐ。
透明度が良いためゴーグルは不要、裸眼で海面を叩くと魚が穴へ入る。
魚を素手で取り、生きたままむしゃむしゃ食べて育つ野性そのものの育ち方をしている。
ひかるの事を全く躾がなされていない島ザル、と呼び塩を撒かれたのも、誰が見ても頷ける状況である。
そんな中でひかるは結婚する。
そして十年間、実家との絶交を女房に言い付け、子供が出来、孫をかすがいに実家との付き合いを円滑にしていったのである。
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s1118 最先端企業

ひかるは中学迄ランプで育ち、地区に高校は理系が無く商業科、簿記そろばんを勉強せざるを得ませんでした。
その後人生をやり直すべく東京へ出、理系の専門学校へ通いテレビ局へ入ります。
当時のテレビ局は IT の最先端企業で、夜間の専門学校で2年間理系の勉強をしたからとて、とてもテレビ業界は務まるような所ではない、と悩みました。
しかしよくよく考えると父は南の小さな島で手先が器用で、お土産物など小物を内職として夜な夜な作っておりました。
いわゆる物作りの得意な父だった事を思い出し、私にも物作りという点ではたぶん大丈夫ではないだろうかと考えました。
そこからテレビの番組作り、物作りに通じるのだと考え、天職として一生番組作りをして見ようと腹に決めのです。
40年間勤め振り返ると、やはり間違いではなかった、番組作り物作りが一番向いていたんだと納得しています。
これから羽ばたく若者には是非、己の先祖や親戚など観察し、己の脳内酵母、脳畑の脳質を検討すべきです。
例えばある親が生年月日も同じ男の子A君B君を赤ん坊の時から養子縁組をして育てたとしよう。
ある程度大きくなってA君とB君に同じテーマを実践させたとしよう。
同じレベルに達するのにA君は 芸術系では1年、B君は2年を要する。
ところが理系のテーマだとB君は1年でクリアするがA君は2年を要する。
同じ脳内酵母でもA君の場合は脳みそ、いわゆる脳の畑、脳質が芸術系脳内酵母増殖が早かったという事である。
同様にB君の場合は脳内畑の脳質が、理系の脳内酵母が増殖しやすい脳質であったという事になる。
食べ物や躾、教育や環境が同じでも違いが出てくる。
このように脳の脳内酵母、或いは農の畑、脳質の問題が理解出来るかと思う。
この場合A君とB君の親や先祖など調べると、そこには必ず其々芸術系に強い人、理系に強い人がいたりするものである。
そういう意味で己を悟る事は、この脳内酵母の種類や脳畑の脳質を自分なりに理解し、人生設計をすると結構うまく行くのではないかというのが私の脳内酵母論である。
聞いた話ではあるが、ある男が弁護士になるのだと言って司法試験を受けたそうだが、20回を数えても合格出来なかったそうである。
年も50を過ぎ、奥さんが子供達の教育資金もままならないので、諦めて欲しいと懇願。男は挑戦する事に意義がある、と女房を一喝。
70歳過ぎて亡くなるまで合格出来なかったそうだ。
何のための人生だったのか・・
立派な風貌と弁も立つ、他の事をやっていれば素晴らしい人格者に成っていただろうに、と笑い話になってしまった。
若い内に己の脳質を少しでも検討すればよかったのに。
私は脳学者ではない、個人的な勝手な脳内酵母論、信じるか否かは個々に任せる。
自分なりにどのように舵を取るかによってその結果に幸せが感じられるのではないだろうか。
ここで自分なりに思った通りに生きる事がなかなか難しい。
人は産声を上げ、無の状況から色々見聞き、脳内に知識を蓄え、二十歳までは親の庇護の下に生き、その後伴侶を見つけ、子供が出来マイホームを構えて三十歳前後に子供が誕生したとすれば、子育てをしている間に五十歳に成ってしまう。
やれやれと思っていると定年で放り出され、さて何をしたら良いものか戸惑う場合が多い。
自分の思った通りに人生を歩むという事は、二十歳前後にそれなりの方向性を見つける必要がある。
己の鼓動、自鼓について今一度真摯に問いかけてみようではないか。
ひかるは15歳時、四角いブラックボックスTVの解明を目指し、生涯天職として貫きました。
早い時期に方向付けが出来、その分幸せが大きかったと思います。
親からもらった己の鼓動、いずれ止まる宿命を背負っています。
昨夜来 一分たりとも休むことなくポコンポコンと何んのため、これから先、何んのため・・
全ての人々が境遇は違うかも知れませんが、一人一人鼓動に対する哲学が必要です。
恋人がいてこれから結婚する人なら結婚と鼓動、或いは子供に対する考え方の鼓動哲学があっても良いと思います。
50代の人ならば孫の事も想定した鼓動哲学が必要でしょ。
70代なら孫と家族、先祖と子供に対する考え方の哲学があっても良いのではないだろうか
私は初めて孫が出来た時、孫を抱いてお風呂に入りました。
母親の匂いと違う為か、孫は小さな手足をばたつかせ、ありったけの声で泣いておりました。
耳元でお爺ちゃんだから怖がらなくて良いよ、と語りかけゆっくり湯につかりました。
驚いた事に孫の鼓動は私の鼓動より大きな響きで激しく打っておりました。
鼓動を重ね、しみじみこの鼓動は私の鼓動がここ迄引き継がれて来たのだ、と思わず喜びで涙が出ました。
子供の有難さをしみじみ感じさせられました。そしてその孫は大学四年生。
もしかして私が生きてる間に、せめてひ孫の鼓動を抱きしめたい、このような楽しい夢を見ております。
神様がいるなら最後のお願いだから、私にひ孫を抱かせて欲しい、日々願っています。
今何の為に生きているのか、これから先何の為に生きるのか。
鼓動という側面から己の生きる道しるべ、鼓動哲学、自分なりのたった一人の鼓動哲学があっても良いのではないだろうか。
過去から現在、そして未来と己の人生を鼓動という側面かな分析展開していく事がいかに大事であるかは、きっとある程度年齢を重ねれば解るかと思います。
私の提唱する鼓動哲学とは、一人一人が其々の生き様としての哲学であって欲しい、
其々が己の哲学を持つべきだと主張します。
癌患者と鼓動哲学論をした事がある。
ややもすると癌の重圧に耐えかねていた。
朝晩鼓動と対話し、思った通りワンカットずつの積み重ね、残り少ない余命を全う出来る、と鼓動哲学論に涙を流しました。
自由だの人権論だの色々ありますが、己にとっての大事な鼓動哲学論が欠けている。
体の不自由な人、元気な人、緩和ケアが必要な人、老若男女 鼓動哲学論が出て来る事を願うものである。
ひかるはテレビ業界に入った時、IT に関する知識が乏しく IT 最先端企業ではたしてやっていけるのか悩んだ時期がありました。
人は悩んだ時、何かに縋りたくなるものです。
何んとひかるが縋ったのは歴史でした。
当時東大編纂所が出版した日本の歴史27巻を買い込み、無心になって古代から現代に至る迄、2度ほど読み返しました。
読み終えて得たものはたった一つ、己がこの世に生きている時間があまりにも短く、長い歴史の上から見れば一瞬に過ぎないのだなと言う事でした。
二十歳を過ぎ60までというと、あと40年しかありません。
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